結婚・婚活用語辞典>†宗教の違いから彼からの突然の別れのメールが来ました。お互いある程度の年齢なので結婚も視 …

結婚・婚活用語辞典

†宗教の違いから彼からの突然の別れのメールが来ました。お互いある程度の年齢なので結婚も視 …

仏前式 に関するQ&Aを掲載しています。 仏前式についての詳しい用語説明、しきたり、関連情報などは「仏前式」をご覧ください。

化粧品クチコミ.jp

結婚式のギフトにハーブティー
結婚式のプチギフトや引き出物
結婚のお祝いにも華やかなハーブティーはいかが?

  

 

2013年09月14日 Q.質問
†宗教の違いから彼からの突然の別れのメールが来ました。お互いある程度の年齢なので結婚も視野に入れた付き合いだったのですが、宗教の違いって結婚にそんなに影響しますか?彼の実家はお寺、私の実家はキリスト教です。彼は跡取り息子でしばらく京都のお寺に修行に来ていた時に知り合いました。私はもし結婚となると勿論住職の嫁って立場になるのは承知です。彼はいつの頃から宗教の違いを気にしていたのか全く分りませんが、精神年齢が高く、落ち着き、決して怒らない彼はやはり今までの修行や仏教の教えを学んだ結果の人間性だと思います。見た目とか収入とかではなく、お互いに一緒にいて本当に落ち着ける相手でした。そんな彼からの突然の別れのメール・・・彼なりに真剣に悩んで、先輩僧侶に相談したりと色々考えた2か月という文面から始まったメールでした。悲しくてたまりませんでしたが、彼の気持ちを受け入れ、別れのメールに返事をしました。言葉では何とでも言えます。でも失ったモノが精神的な支えでもあり、将来の希望でもあった彼なので別れた今でも自分だけ立ち直れません。どうしても彼がいない生活に戻れない自分がいます。今まで友達の結婚式に参列した経験は数回ありますが、仏教同士でも教会での挙式や神社での結婚式など、宗教に合わせてのスタイルなんて見たことありません。勿論彼と結婚するなら、私のマリア様のネックレスは外さないといけいし、式は仏前式になるのは分かっていました。別れるのに他に理由があるのか聞いてみましたが、同じ仏教でも~宗と宗に別れていて・・・からの説明で、とにかくキリスト教とは考え方が違うから将来うまくやっていけない。お互いが傷つく前に別れようと言われました。お互いの宗教が違うって・・・知り合ってすぐから分かっていた事なのに、なぜ今更・・・戸惑う気持ちと諦めあきれない気持ちのままの日々が続き、食事もまともにできず夏バテも重なり体調を崩してしまいました。ミサに行くのも止めてしまいました。なんでキリスト教の家に生まれてきたんだろうって・・・悶々と・・・ベッドの中で涙が溢れる毎日を送っています。時が解決するのを待つしかないのでしょうか。ただの失恋で終わる事でしょうか・・・終わらせられるならどんなに楽か・・・皆さん、付き合う異性の宗教って気にしながら相手を選びますか?

 

2013年09月21日 A.回答
少々キツイお言葉が並ぶやも知れませんので、予めご了承の上お読み頂ければ幸いです。私から見れば、質問者様も元彼の方も、宗教と言うものを型・仕来りありきでお考えなのではないでしょうか?宗教とは神仏を信仰することが原点です。この信仰の「信」と言うのは神仏が人に与えた言葉、の意味を持ち人が伝えてきた言葉を仰ぐものではありません。元々神仏とは宇宙の波動(光の力)のことを指すのであってそれが何教でも、何派であろうとも、区分け・仕分け・分別をつけるべきではありません。更に信仰とは「個」が心の支えにするもであり、また自分以外の誰かの為に心から祈り奉る教えで無ければなりません。同じ教えを受け継いでいるもの同士でなければ付き合えないとか、結婚出来ないとかを論ずるのであればそれは神仏が人を差別しているとしか思えません。私は僧侶です。ですが心が引かれる神社があれば、そこを訪ね拍手を打ちます。耳障りのいい讃美歌が流れる教会があれば、その扉を開けキリスト像やマリア像を見て美しく思えるでしょう。例えば僧侶の私が個人で他宗の葬儀に呼ばれれば、そこで手を合わせ祈りを捧げます。キリスト系の葬儀に呼ばれれば、十字を切り祈りを捧げます。だからとて立場が逆転した時に、それを相手には強要するつもりもありません。何故ならあくまでも心の問題だからです。自らの流儀と合っていない場所に行った時は、その相手に失礼の無いように合わせ、礼を尽くした後に心の中で自ら信じる一番の言葉を、どんな時でも相手に捧げるのが信仰心のある者の姿だと思います。ご住職の奥様がキリスト教であって何が悪いのでしょう?一つの宗教観に囚われることなく、心を苦しまれている人を救うことが最高の教義として、融合させてみよう、位の気持ちがあるべきです。私の口癖ですが宗教を語る者、伝える者は①「他教・他門・他派を否定したり責めてはいけない」②「自らの信心を悩まず・違わず・疑わず」です。今までの信仰を捨てる様な教えをする宗教を宗教と言えるのでしょうか?相手が信仰する宗教を認め、その素晴らしさを教えてもらい癒合させる、位の余裕があるべきです。宗教がエゴを前面に出すからこそ、地球上に争いは絶えず、融和が生まれないのだと思います。もし他教の信者同士が結婚したり、冠婚葬祭に出席し相手の仕来りに合わせたからと言って、神仏が戒告を与えたり罰を与えたりするのなら、その瞬間に宇宙の法則は崩れ去ると思います。乱文にて誤字あると思いますが、思いのまま書きましたので失礼をさせてください。
 
Webサービス by Yahoo! JAPAN  
このコンテンツは、Yahoo!知恵袋より自動取得しています。